世界地理・世界史の謎

文明の話

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自分で書いていてナンですが、随分大げさなタイトルだと思ったアナタ、正解です(笑)ここでは人類がいかにして文明というモノを築いていったか。私なりに学んで考えたことを、簡単に話したいと思います。

 

文明とは何ぞや

そもそも文明とは何でしょう。そりゃあ、今の社会が文明そのものだといえば簡単ですが、文明と非文明との境は何でしょうか?旧石器時代の人間社会は文明とは言えないと思いますが、じゃあ弥生時代ならどうでしょう?

 

インターネットのgoo国語辞典には、「文明:人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。」とあります。

 

文明人と非文明人

つまり、技術が進んで、心も豊かになった人間の住む場所といった意味です。知識や経験を積み上げて道具や食料を作り、時に自然に立ち向かってこれを克服し、大規模で複雑な人間関係=社会を築く。その中で自分は何者で、いかに生きるべきかを考える・・・このような世界を文明というのだと思います。

 

 人類(ホモ・サピエンス)が誕生したのは10万~20万年以上も前と言われていますが、このような文明が出現したのは5~6千年前です。つまりこれまで人類が生きた時間の90%以上”は、文明など持たない、つまり狩猟採集の時代でした。それを変えたのはいったい何だったのでしょう?

人類最大の発明

 人間も生物である以上、生きるためには「食べる」ことが絶対に必要です。熱帯雨林のように食料が豊富にある場所であれば良いのですが、気候変動などでそのような森が消えてしまえば、自分で食料を確保しなくてはなりません。元々アフリカにいた人類は、氷河期による気候変動を経験し、食料を探して(或いは獲物を追って)歩きまわるうちに、ユーラシア、オーストラリア、アメリカ大陸へと移動していったと考えられています。

そして獲物を捕まえるために釣り針といった道具を開発していきました。更にはの発明によって衣服が生み出され、寒さや乾燥から身を護る術を見出だしました。またを扱えるようになると、猛獣などの外敵を防ぎ、煮たり焼いたりすることで、食べられるもののバリエーションを増やすことにも成功しました。その為の土器も作られました。

 こうして少しずつ人間は知恵をつけていきますが、この段階ではまだ食料の確保は不安定なもので、その個数(つまり人口)も多くはありませんでした。しかし1万年ほど前、恐らくはユーラシアのとある場所で、人類は決定的な発見をします。それが、「人間の手で植物を育てることができる」という事実でした。勝手な想像ですが、こんな事があったのでしょう・・・

麦の種

今日も草むらから「」という植物を採ってきた。この実は小さいが、水を含ませて練るとおいしいのだ。

ある日、家に持って帰る途中で落としたのだろう、地面に落ちていた麦の実からが出ていることに気が付いた。しばらくすると、芽は茎となり、大きくなった。あの実が麦へと変わるのか。これは面白い。

試行錯誤の末、柔らかい土に埋めて、真水を何度もあげると、草むらのものと同じ麦になることが分かった。条件さえ合えば、私も麦を育てることができるのだ!

・・・こうして、「食料を人間の手で作る」という方法、即ち「農業」が発明されました。最初は狩猟採集を補うようなものだったと思われますが、次第に食料を安定して得られることが分かり、急速にその比重を増していったと考えられます。誰だったかは忘れましたが(!)、とある学者は「農業こそ人類にとって最大の発明だった。」と述べています。それほど農業は、後の人類に大きな影響を与えたのです。

定住化と人口の増加

食糧が安定して得られれば、当然飢える心配も減り、人口も大きく増加しました。しかし一方で困ったことも。今まで食料を探して移動を続けてきた人類でしたが、畑や田んぼを持っていくことはできませんから、必然的に同じ場所に居座らなければならなくなりました。つまり、定住化です。人口の増加と定住化は、やがて「集落」を作り上げ、それが「」、そして「」へと発展していきました。

村の変遷

 農業はまた、人々の協力関係をも生み出しました。人口が増えればそれだけ田畑も広げなければなりません。しかし田畑広くなれば、一人で管理することは難しくなります。そこには人々の協力が必要になります。

みんなで畑を耕す時に、一人が水をジャバジャバかけていたら迷惑なので、共通のルールが生まれます。そして、種まきや収穫にベストなタイミングを測るために「季節」の研究が進み、これが「」「時間」という概念を生み出しました(狩猟時代にも、ルール作りや季節の概念は持っていたと思われますが、それがより高度になっていったのは農業開始後です)。

更に更に!人口が増えれば、それだけ人間関係も複雑になります。そうなると、トラブルも増えていくことになり、それを解決する方法が求められます。ここでも「共通のルール」が登場し、後の「法律」「刑罰」へと繋がっていきます。

また、多くの人々を指導するリーダーのような人間も必要になっていきました。人々のリーダーは他の人よりも信頼のおける人物として特別視されるようになり、やがては村長、そして国王へと”進化”していきました。中には「王たる自分には特別な力がある」などと言って人々を従え、それにふさわしい格好をしたり(光り輝く王冠やアクセサリーを身に着けるとか)、力の大きさを目に見える形にしたり(大きな建造物を作らせるとか)するようになっていきました。

王様

このように現在の文明が農業と深く関わっていることが分かります。もし私たちが狩猟採集を続けていたら、今のような国や都市が形成されることもなかったでしょうし、領土問題や人口爆発も深刻ではなかったかもしれません。

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