2カ国目~タイ~

9/11(木)ハノイ→バンコク
今日はある程度の睡眠時間を確保できたが、それでも6時前に起床してしまった。朝ホテルで朝食を済ませた後、軽くホテル周辺の町を散歩。ベトナム到着初日にも歩いた、観光地でない、郊外の町。その日常風景をカメラに収めた。
なお、母曰くドン(ベトナムの通貨)が結構余ってしまったらしく、宿代の支払いを一部屋だけキャッシュ、残りをクレジット決済にして貰うというなかなか無茶なお願いをしていた。そんな無茶を聞いてくれたホテルのスタッフさんに感謝と別れを告げ、10:30ノイバイ空港へ向かう。今日のフライトもベトナム航空だった関係で、前回より短時間であるが、またビジネスクラスでのチェックイン。しかし私は保安検査の行列が分けられていることに気づかず、エコノミークラスの列を延々進んでしまった(後に父に促され、本来の列へ向かった)。その保安検査では、靴まで脱がす徹底ぶり。厳しさは成田以上であるが、無事に抜けられた。
さて、検査を済ませて、あとは搭乗口でフライトを待つばかりとなったが、搭乗予定時刻が11:55から12:05に変更されていた。しかしその12:05になっても、係の人はパソコンとにらめっこしながら、あーだこーだ話している。乗客が搭乗口にズラリと並んでも、特に説明もなく、じりじりと待たされてしまった。結局飛行機に乗れたのは12:20過ぎ。原因は説明されなかった。これもお国柄なのか、日本が丁寧過ぎるのか。
ようやくノイバイ空港を離陸。飛行機は前回より小型なのか、座席のグレードも前回より微妙であった。まあ2時間くらいのフライトなので、気にはならないが。次の行き先、バンコクのスワンナプーム空港へは、インドシナ半島を北東部から中央部へと縦断する格好となり、途中ラオス上空を飛んだ。車窓から見える地上は、緑のベースの上に、赤い屋根の建物や、道路、水田の線、そして蛇行した川というアクセント。途中どこかのタイミングで、東南アジアを代表する大河メコン川を渡るはず、と時々車窓をチェックしていたところ、空港のある大きな町とそれに寄り添う川幅の広い川が見えた。これはラオスの首都ヴィエンチャンと、その町に沿って流れるメコン川に違いなかった。
ラオスを過ぎ、そのままタイの領空に入った飛行機は、若干の遅れを取り戻してスワンナプーム空港に着陸。予報では雷雨となっていたが、実際には青空が広がっていた。この空港はノイバイ以上に多くの路線が集まるハブ空港であり、他方面からの乗客も集中して入港審査に行列が出来ていた。待っている間スマホでフリーWi-Fiの接続操作をしていたところ、後ろにいたヨーロッパ系のおじさんから、英語で「あっちのゲートが空いたみたいだから、行きなさいな。」と促される。しかしゲートには「タイのパスポート」との案内。おじさんのゲートは「全国籍」。俺がタイ人に見えたのか?改めて「全国籍」のゲートに並びなおそうとしたら、さっきのおじさんが「そのゲートで大丈夫だから!」と声を掛けてきた。そして実際に入国審査を受け付けてもらえた。あのおじさんはきっと慣れているのだろうが、親切に教えてくれたのは素直にありがたかった。
しかしその入国審査で係の人から「どのホテルに泊まるの!?」と問われ、慌ててスマホを操作。電子入国カードを出せばいいのかと思って見せたら、「そうじゃない!」。どっかにホテル書いていたかな?結局グーグルマップに登録していたホテルの位置画面(そこにはホテル情報がタイ語でも書いてあった)を見せ、やっとスタンプをガシャリ。私一人にために大分待たせてしまったようだ。両親はもうすでに入国審査を済ませており、荷物も回収していた。
到着ゲートでホテル送迎のスタッフさんを探すが、スワンナプーム空港は想像以上に広い。待ち合わせ場所を探している間にATMでタイ通貨バーツの両替を行う。ここで初めてWiseカードを使ってみたが、ATM使用料に1000円以上引かれ、ちょっとがっかり。まあこれも経験か。間もなくホテルのスタッフさんと無事に合流し、送迎車が来るまでの間に両親は食料と水の買い出し。空港内にはローソンがあったそうだ。その後やってきた車でホテルへ。といってもベトナム以上に空港に近い所を予約しており、ものの10分でホテルに到着した。チェックインを済ませ、入室。ベトナムの宿が恵まれていたのだろう、今回はバスタブなしの部屋だった。
一息ついたのち、近くのコインランドリーで溜まっていた洗濯物を洗う。たまたま隣の機械を使っていた地元の女性に手伝ってもらいながら、3人の衣服をリフレッシュさせることができた。ところでこのコインランドリーも宿泊するホテルも空港も、説明文はタイ語、英語、中国語が基本である。日本語も少しだけあったものの、少し肩身が狭い。これも世相を反映しているのだろうか。いやいや、コンビニなら負けていない。バンコクにはローソンに加えてセブンイレブンもあった。今日の夕飯は簡単にコンビニ飯。両親はセブンとローソンのおにぎり。私はセブンのガパオライスを購入した(残念ながらWiseカードは200バーツ以上でしか使えなかった)。本場のタイ料理は、日本で売られているものより若干辛みが強いがおいしかった。
さて、このホテルにはなんとプールが付いている。水着は持って来ていたので、夕飯の後、行ってみることに。あれ?貴重品ロッカーはあるのに更衣室が無い。結局自室で水着に履き替え、上にシャツだけ着て、再度チャレンジ。衛生状態がちょっと心配だったので、水を顔につける事は控えたが、日が沈んで水中がライトアップされる中での平泳ぎは、これまで体験したことのない、神秘的なものとなった。そしてその脇を、離陸したばかりの大型飛行機がビューン! 更に遥か彼方では、時折稲光が見える。なんといっても東南アジアは現在雨季なのだ。いつ何時ゲリラ豪雨が襲ってくるかわからない。雨はともかく、雷にはどうか遭いませんように。と思ったら、正にこの日の東京が、冠水が発生するほどの豪雨に見舞われたらしい。う~ん異常気象・・・
9/12(金)バンコク
今日も結局朝5時代に起きてしまった。7時過ぎにホテル脇のレストラン(一人150バーツ・700円位)でビュッフェが利用できた。メニューは豊富で味もおいしかった。
さて今日はバンコクの本格的な観光をする予定であるが、ホテルが街の中心部ではなく空港に近い場所のため、そこまで鉄道で移動することにする(タクシーで中心部まで行くとすると、ハノイのように渋滞する恐れがあった)。とはいえその駅まではGrabでタクシーを呼ばざるを得なかった。部屋からロビーへ移る最中に操作をしていたところ、マッチしたタクシーがなぜか見つからない。おかしいなと思ってあちこち探していたら、車道ではなく、すでにホテルの敷地内に停まっていた!無事に3人を乗せて、最寄り(と私が判断した)ラートクラバン駅へ。ここで母がドアを開けっ放しにして去ろうとしたため、運転手さんに指摘されてしまった。自動でドアが閉まる日本のタクシーとは違うのだ!
ラートクラバン駅からエアポートレイルに乗車。この鉄道は文字通りスワンナプーム空港駅とバンコクの中心部を結ぶ高架鉄道であるが、同駅は空港駅の隣に位置し、ごちゃごちゃした空港駅よりアクセスが良いと判断してここにした。バンコクの市内交通では切符はトークンという、磁気コインとして発行される。これを自動改札にタッチしてホームへ上がる。やって来た列車は予想以上に高くて眺めの良い場所を走る。乗った当初は住宅街や緑地、せいぜい道路や工場だった車窓が、次第に高層ビルへとシフトしていくのが、私的には見ていて楽しい。それと同時に車内の乗客も増えていった。
約20分列車に乗って、途中のマッカサン駅で下車。降りる時は改札の穴にトークンを入れて出る。今度はこの高架駅から一気に地下鉄のペッチャブリー駅へ。長い連絡通路を通って地下へ降りる。乗り方はエアポートレイルと同じだ。この間私は母に、混在した車内や通路では、荷物に気を付けろ、客を撮らない、と口を酸っぱくして伝えていたが、かくいう私もカバンのファスナーを開けっ放しにしており、別のお客さんに指摘されてしまった。恥ずかしい!
ペッチャブリーから30分ほど乗って、まずはバーンスー駅へ向かう。バンコクの地下鉄では、簡易的だが金属ゲートをくぐる必要がある。私達がくぐると、その都度音が鳴ってビビったが、職員がいるわけでもなし、そのまま通って良いようだ。なんのためのゲートなんだろう。地下鉄には優先席があるが、お年寄りや妊婦さんなど以外に、僧侶も優先席の対象となっているのがタイらしい。また、今回見た限り、お客さんが高齢者に席を譲る頻度は日本以上だった。
↑タイ地下鉄の優先席 一番左がモンク(僧侶)
バーンスー駅周辺自体には特に観光地は無いのだが、タイ国鉄の新ターミナル、クルーンテープ・アピワット駅が隣接している。ここに寄ったのは、翌日国鉄でアユタヤへ行くためである。いや、もし切符が取れれば、今日今から列車に乗ってアユタヤに行ってもいいかとまで思っていた。列車の時刻は往路・復路ともに前から調べており、日本にいる段階で「この時刻の列車、●等席3人をお願いします。」というタイ語・英語の文を(しかも今日12日か明日13日か行ってみないと分からないので、両日分)、予め作って印刷しておいた。まず今日12日の分を窓口の係員さんに渡してみたところ、予想通り話はスムーズ。曰く、今日の行きの乗車券は用意できるが、帰りは満席だという。やっぱりだめか。ということで、“Today or Tomorrow”と伝えつつ、明日の分を渡すと、こちらは大丈夫そう。3人分のパスポートを預け、手続きしてもらう。3人分で往復約1500バーツ(7000円くらい)。
ところが、渡された切符は3セット9枚だった。なんと係員さんには“Today or Tomorrow”を「どっちかで行きたいから両方取って」と間違えて伝わってしまったらしく、明日の往復分に加え、『今日の行きの分』まで発券してしまったのである。そうじゃないんだと説明するも、「彼(私のこと)はそう言った」と譲らず。押し問答を続けても仕方ないので、あきらめて今日のチケットも含めて受け取った。あ~あ7000÷3=約2300円ドブに捨てちゃった(しかもこれで3人分乗りたい人が減ってしまった)な、と後悔したが、とりあえず明日アユタヤには行けそうである。
気を取り直して、今日の主たる目的地、ワット・ポーへ向かう。タイでも屈指の知名度をほこるこの寺院へは、バーンスー駅から同じ地下鉄に乗車すれば1本で行ける。ところでこの地下鉄(ブルーラインというらしい)、日本の都営大江戸線と同様に、路線図的には6の形をしており、バーン・スー駅からは西方面、東方面どっちでも行ける。距離的にはいったん西方面に乗って、終点(6の字の最後の部分)で乗り換えれば良さそう。幸いこの選択は正解だった。バーンスー駅を出発すると、地下鉄は間もなく地上へ出たため、バンコクの町中、そしてタイを代表する大河、チャオプラヤ川を見ることができたのである。終点のタープラ駅で同じ地下鉄ブルーラインに乗り換え、サナームチャイ駅で下車。地上に出るとタクシーの客引きに声を掛けられた。象柄のタイパンツを売っている人もあちこちに立っていた。ここは観光地で間違いなさそうである。
駅からものの数分でワット・ポーに到着したが、両親が疲れたというので、もう少しだけ歩いて喫茶店で休憩。この間に母親が帽子を落としてしまったらしい。相変わらず、母は写真映えする建物、動植物を見ると、周囲お構いなしにカメラを向け、一方の父親はそんな母に構わずどんどん先に行ってしまう。最近も2人でよく旅行に行っているらしいが、どうしているのだろう。少なくとも久々の3人旅では、私が板挟みになることは決定事項らしい。改めてワット・ポーへ入場。300バーツ/人(キャッシュのみ)であるが、素直に来てよかった。
↑ドラを鳴らす母(顔は加工しています)
まず名物の巨大涅槃像。金ぴかの像のみならず、周囲の柱や壁、天井に至るまで仏教芸術で埋め尽くされていた。境内には巨大な仏塔が、これまた緻密なモザイクとしてニョキニョキ建っており、これもまた見ていて飽きない。本堂の中には、等身大の仏像が三十三間堂のごとくずらりと横に並んでおり、しかもこれがすべて金ぴかである。タイは上座部仏教の国であり、日本や中国、ベトナムのような大乗仏教とは、寺院や仏像の形は大きく異なるのだ。しかし一方で、炊かれた線香のにおい、お供えの花など、両宗派に共通するものも多く、興味深かった。ところで境内には、タイの伝統衣装に身を包んだ女性の観光客もおり、ヨーロッパ系の別のお客さんに写真を撮ってもらっていた(ナンパされていた?)が、見た目や会話を見聞きするに、案の定日本人だった。ワット・ポー境内では、成田を出て以降、最も多くの日本語を耳にしたかもしれない。
暑い中じっくりとワット・ポーを観光した(=歩いた)結果、すぐ北にたたずむ観光地、王宮とワット・プラケオは、中に入らず、脇を通るだけでよかろうという結論に達した。父がそのまた北にある公園で一回休もうと言い出したので、そこまで頑張って歩くも、たどり着いた先にはほとんどベンチもなく、整備中なのか緑もほとんどなくて、個人的にはがっかり。駅も喫茶店も近くにないので、ガイドブックでどこかドリンクの飲めそうな場所を探し、Grabのタクシーでそこへ向かった。あんまり深く考えていなかったが、たどり着いた先はチャイナタウンの一角。幸い親切な店員さんのいるお店でドリンクと、揚げバナナを使ったスイーツを頂くことができた。両親曰く、もう昼食はこれで良いそうだ。
そんな2人に、もう少しそこで休んでいるように伝え、私ひとり店を出る。というのも、バンコクに来たからにはどうしてももう一か所カメラに収めたかった場所があったのだ。先ほどチャイナタウンを選んだのも、その場所が徒歩圏内にあったからである。道端に座り込んだり、屋台でおいしそうな肉やスナックを売っている人々を横目に、チャイナタウンを猛ダッシュする不審人物が1名。数分後やってきたのは、先ほど電車で横断したチャオプラヤ川である。茶色く濁ってインスタ映えするとはお世辞にも言えないが、地理の授業で必ず扱われるこの大河川を撮らずして、タイを去ることはできなかった。
その後両親と合流し、近くの地下鉄からペッチャブリー、マッカサン、ラートクラバンと元来た道を引き返し、ホテルに戻ったのが15時頃だった。夕飯はホテル近くのレストラン。母は本場のトムヤムクンにご満悦。父もそれを少し貰ったが、一口が限界だった模様。このお店では初めてWiseカード払いが出来た。なお、先ほど誤解により購入してしまった「今日の」アユタヤ行きチケットであるが、不幸中の幸いというか、発券されたのは2等車よりはるかに安い3等車のものだった。そのため2300円と見積もっていた損失は300円足らず。これが、窓口の人が訝しんで、敢えてこっちの損失が少ないように取り計らってくれたのか、はたまた本当に3等車しか空いていなかったのかは謎である。予定より観光できた場所が少なかったが、ともかく最後にホッと胸を撫で下ろすことができただけでも良かったと思おう。
9/13(土)アユタヤ
旅先では朝早起きしてしまうことがしばしばだが、今日は夜2時に目が覚めてしまった。また寝ようとした私を遮ったのが、いや~な羽音。どうやら枕の周辺を蚊が飛んでいる。すぐに見つけ出し叩き潰すことに成功したが、何か所か刺されてしまったようだ。タイの蚊はデング熱ウィルスを持っている可能性がある。この先発熱しませんように・・・
何とか寝られたものの、結局寝不足気味のまま8:30にホテルを出発。バーツの残りが少し心配だったのと、明日帰国する父が受付カウンターを確認したいというので、空港までタクシーを呼ぶ。運転手のおじさんは英語ペラペラの口達者な人で、「東京も暑い?」「タイには今、中国人、日本人、ベトナム人観光客が多い。」「自分はテレビ朝○に勤めていたけれど、その時は全然休めなかった。」と色々な話で盛り上がった。空港でバーツの両替を済ませ、今日はここからエアポートレイルリンクに乗車する。昨日隣駅から乗ったこの列車は、土曜日の今日も混雑。便利で眺めもいいので、好評なのだろうか。
車は更に混雑
昨日と同様の行程で地下鉄ブルーラインに乗る。昨日の「予行練習」で父はすっかり列車の乗り方をマスターしてしまったようで、もたついている母を置き去りに、すいすいと改札からホームへと抜けていった。昨日気が付かなかったが、バンコク市内を走るこうした鉄道には、日本の列車のように発車時刻が表示されず、代わりに「あと何分で到着」との表記がなされている。ダイヤにズレが生じることを前提としているのだろうが、これはこれで合理的である。9時過ぎ、無事にバーン・スー駅に到着し、歩いてタイ国鉄のクルーンテープ・アピワット駅に向かう。昨日ひと悶着ありながらもチケットを買ったアユタヤ行きの特急列車にいよいよ乗車である。
近代的なクルンテープ・アピワット駅 改札はまだ開かず
出発は10:35。出発ホームは、地下鉄連絡口から随分離れたゲートBというところで、専用の改札があるようだ。始発なら遅延の心配もないだろうと、高をくくっていたが、電光掲示板を見ると、何やら自国の横に「!」が。機械トラブルで出発が遅れるのだそうである。しかも具体的に何分遅れるかについては特にアナウンスが無い。さすがはタイ。遅延は日常茶飯事、とういうのは本当のようだ。出発時刻を過ぎた10:45頃になってやっと、変更された出発予定時刻の表示が出た。しかし改札はまだ開かない。改札の前でたたずんでいると、一人の日本人女性が、どういう状況か話しかけてきた。情報が無くて心配なのは、皆同じなのだろう。
結局改札が開いたのは、出発予定(改)である10:57の、わずか2分前!当然2分で全員が乗れるはずもなく、出発は11:00を過ぎてしまった。このクルーンテープ・アピワット駅は近年造られたバンコクの新ターミナルで、ホームも高架上にある立派なものである。しかし車両の方は随分年紀が入っており、おそらく両親にはどこか懐かしい、日本の旧国鉄ローカル列車を髣髴とさせるものだった。ディーゼルエンジンがグワワワワ~とうなり、列車はバンコクを出発。さすがは特急列車ということで、どんどん途中駅を通過していくのが心地よい。
車両の中には青いジャケットを着たおじさんが歩き回っており、飛行機でいうCAさんよろしく、希望者にブランケットを渡したり、水ボトルを車内販売したりしていた。この人とは別に車内検札の人も来ていたが、鋏を入れるわけでは無く、切符にペンでチェックを入れていただけだった。次第に車窓はビル街からのどかな風景へと変わる。戸建ての家、片側一車線の道路、熱帯植物の生い茂る畑、そしてたまに見える寺院。バンコク中心部の喧騒がタイの日常であれば、こうしたのどかな生活もまた、タイの日常だ。
アユタヤ駅
列車はほぼ同じ所要時間で、つまり25分ほどの遅れで目的地アユタヤ駅に到着。私達3人の他にもかなりの人が降りる。そして駅舎を出ると早速トゥクトゥク(三輪自動車)の客取り合戦が始まった。私は当初、料金トラブルが少なくないというトゥクトゥクを避け、レンタサイクルで町中を巡ろうと考えていた。その方が安いし、小回りが利くからだ。しかし、ハノイや昨日のバンコクを歩いて、高齢の両親をかなり疲労させていたことと、父が一度トゥクトゥク体験をしたいと言っていたのと、到着したアユタヤが晴れていて暑いことを鑑み、トゥクトゥクを利用させてもらう事を決めた。
問題は値段交渉が必要ということであるが、相手は手慣れたもので、カタコトの英語や日本語を駆使して、こちらにからYESを引き出そうとしてくる。夕べ私は、予めネットで情報収集し、3時間800バーツくらいでチャーターできれば御の字かなと考えていた。ところが目の前のおじさんは、500バーツでいいという。本当?と聞くと「一人当たりね」。つまり3人で1500バーツか!!そういえば、昨日の“予習”では、みんな1人でトゥクトゥクに乗る人ばかりだったので、人数のことまで考えておらず、タクシーと同様1人でも3人でも同じ料金だと思い込んでいた。しかし父が「いいよ、この値段で。」と言ってしまったので、若干不本意ながら商談成立。ワインレッドのトゥクトゥクは、しかし、いったん乗ってしまえば面白い乗り物である。乱暴に言えば、原動3輪車の荷台にシートと屋根を取り付けて、そこにお客を乗せて走る車である。だから、走行中は常に風が吹いていて気持ちいい。
さて、このアユタヤとは、14世紀から18世紀にかけてタイを統治していたシャム王国の都だった都市である。カンボジアのアンコール朝を衰退させ、大航海時代には港市国家として西洋とも盛んに交易し、17世紀には山田長政をはじめとする日本人も多く居住した王朝として、高校世界史にも必ず登場する。しかし18世紀後半にミャンマー(コンバウン王朝)の攻撃で破壊され、その後都がバンコク(正確にはトンブリー)に遷ってしまったことで衰退。在りし日の姿を遺跡として各地に残すのみとなっている。と私も当初は思っていたが、実際にはすっかり観光地化されてしまっていた。まあ町全体が世界遺産でもあり、タイ版の京都といったところか。
その遺跡の中で最初に連れて行ってくれたのは、ワット・ヤイチャイモンコン。ナレースワン大王が建てた大きな仏塔がシンボルとなっている、南東部の遺跡である。なお、入場料は別途20バーツかかった。レンガを組み合わせて築かれた仏塔と、それを囲む夥しい数仏像には、何とも言えぬ気持ちにさせてくれる。その後お勧めの場所でランチ。私はまたガパオライスを頼んだが、注文から料理提供まで時間がかかる。私は炎天下で待っていてくれている運転手さんに、「すこし時間がかかる」と伝えたが、「全然気にしなくていいよ」とのこと。大らかな人でありがたかった。
続いて文字通りアユタヤの「顔」ともいえる、ワット・マハータートへ。木に覆われた仏像の顔で有名な場所である。しかし私をより惹きつけたのは、廃墟と化した寺院や仏塔の数々。塔全体が傾いているもの、上がなくなっているもの、脚しか残っていない仏像、ギリシャを髣髴とさせる柱(ただし赤い)。かつてここに多くの立派な建造物があったこと、それが廃墟と化していることに不思議な魅力を感じた。仏像の頭ももちろん撮影はしたが、遺跡への感動はそれ以上だった。
続くワット・シーサンペットも大規模な廃墟。特に樹々に囲まれた遺跡は、そこで瞑想でもしたくなるような衝動に駆られ、あと少しで涙をこぼすところであった。惜しむらくはこの両遺跡の入場料が、ガイドブック掲載の各50バーツから各80バーツに値上げされてしまっていたことだろうか。
↑ワットシーサンペットと父
ウートーン像
なお、この遺跡の脇には、アユタヤ初代国王ウートーンの像が建っているのだが、そこにはほとんど観光客はいなかった。世界史ヲタクの私としては、昨日バンコクでラーマ5世の像を見る事が出来なかったせいもあり、ここは外せないと、一人像を撮影にダッシュした。最後に巨大涅槃像で有名なワット・ローカヤスタに連れて行ってもらう。ここは入場無料であるが、その代わりに蠟燭、線香、花、手前の小さな涅槃像に付ける金箔というセットを20バーツで買うことに。まあこの結果、上座部仏教系のお参りが出来たと思えばいいだろう!ちなみにゾウ乗り体験も勧められたが、これはお断りし、路上で観光客を乗せてノシノシ歩くのを、トゥクトゥクから撮影するにとどめておいた。
仏像を前にたむけた線香
結果、アユタヤ観光は大満足のもので、運転手さんには少しチップも渡して、笑顔で別れた。アユタヤ駅に戻るとたくさんの人だかり。見ると帰りの列車はすでに30分遅れの表示が。ああ、やっぱりここはタイだった!途中有料のトイレも利用する。結局列車はまたも25分遅れで到着、出発。17時少し前にクルーンテープ・アピワット駅へ到着した。しっかしワット・ポーでもそうだったが、アユタヤもまた、どこに行っても日本語が聞こえた。この3日でどれくらいの日本人とすれ違ったのだろうか。
この日、夕飯はペッチャブリー駅近くのラーメン屋にした。味噌ラーメン、しょうゆラーメンなどが並ぶ中、私はトムヤムクンラーメンを注文。この旅では3人で食べる最後の夕飯である。その後ラートクラバン駅で母が、これまた最後のGrabに挑戦。帰宅ラッシュで時間がかかったが、最後は人のよさそうな女性ドライバーとマッチし、無事にホテルに到着した。
スリランカ~工事中~