世界史と世界地理の、かわいいイラスト付きブログ

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現在、初期記事のリニューアルと英語訳の付け加え作業をゆっくりおこなっています。

12カ国目~ウズベキスタン~

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11カ国目~アゼルバイジャン~

10/5(日)バクー→タシケント

早朝バクー・ヘイダル・アリエフ空港まで送ってもらった。歩いても数分の距離とはいえ、大荷物が一緒であればやはり車の方がありがたい。昨日オンラインチェックインが出来なかったので、空港のカウンターで直接行おうと思ったが、来たのが早すぎたためにまだカウンターは開いていなかった。仕方ないので朝はスターバックスでチョコレートケーキを食べる。胃もたれしそうだ。その後はチェックイン、荷物預け、出国手続き、荷物検査と順調に進み、ゲートへ。母がまた水を飲みたいというので、残りの10マナトを自販機に使う。するとお釣りの7マナトは500ケピック(0.5マナト)のコイン14枚となって返ってきた。重いので私もそのうちの6枚を使って、水を買う。

飛行機はほぼ定刻通りバクー空港を離陸。すぐにカスピ海に出る。茶色い大地に鮮やかな青色。30~40分ほどで湖を渡り終えると、トルクメニスタン。いよいよ本格的な中央アジアである。下を見ると、草木の全く見られない、荒涼とした大地が果てしなく広がっていた。人工物は殆ど見えない。たまに周囲の茶色い大地と異なる、濃い緑っぽい面が見えるが、これが湖なのか、オアシスのような緑のある場所なのか、空の上からは判別できなかった。機内食を食べているうちに、おそらくアムダリヤ(中央アジアの大河)を渡ったのだろう、気が付けばウズベキスタン上空にいた。今日は機内モードでもGoogle Mapは機能しており、どこの上空かある程度のことがわかる。タシケントに着く直前チラっとカザフスタンの端も通過したようである。

カスピ海はこんなに広かった!

 予定より15分も早くタシケント空港に着陸。入国審査も終わったが、順調だったのはここまでだった。ウズベキスタンではUberが使えない関係で、似たアプリYandex Goを入れていた。しかしこれを使うには現地SIMの電話番号が必要である。この旅で初めてSIMを別途購入し、スタッフさんに入れてもらった。しかし空港のネット環境が悪いのか、設定が悪いのか、それでもアプリがうまく機能しない。1時間くらいすったもんだの末、結局バスで今日の宿に向かうことに。タシケント空港には飲食店がほとんどなく、座れるベンチも荷物回収の所が最後。そこからは出口までガランとしており、座って休憩すらできない状態だった。今日はタシケント駅に隣接している宿を取っていたので、インフォメーションに、タシケント駅までの路線バスについて聞くと、「分からない」との返答。えー!それでもインフォメーションなのか!?

 

結局出口を抜け、お決まりの「タクシー?」コールをかわしながら敷地の外に出る。空港前の公園にベンチがあったので、母を休ませ、自分は周囲を確認。すると緑色の路線バスが停まっているのを発見。ガイドブックの情報では「67番バス」が中心部に行くのに良いとのことだったので、これを見つけて乗り込む。支払はVISAカードをタッチするだけ。料金は日本円でわずか20円ほどだった。が、このバス、どうもタシケントまで行くか怪しい。ガイドブックにも、街の中心部には行くが、タシケント駅を通るかは明記されていなかった。Google Mapで注意深く位置情報を確認していると、ある交差点で駅とは反対方向に曲がってしまった!! 一応予想していたことなので、次のバス停で降りる。その先には地下鉄のオイベック駅があるはずだ。

国鉄は空港近くを通っているのに、駅は無い!

 地下鉄駅はすぐ見つかったものの、なんと階段のみ。ウズベキスタンはバリアフリー環境からまだ遠いようだ。自力でスーツケースを下ろし、念のため駅員さんに行き先を確認。この国の地下鉄にも金属探知ゲートがあったが、改札はVISAカードで通れる。安いし簡単なので、これはありがたいが、エスカレーター1つ無いのは… オイベックからタシケントまでは僅か1駅。だが、こんどは階段の上りである。しかも国鉄タシケント駅とは道路をはさんで反対側の出口に来てしまったようだ。母は地下鉄の職員さんに道を聞いていたが、案の定相手は英語が出来ず、ずいぶん時間がかかった。日差しが強い中、どうにかこうにか渡れる場所を見つける。なぜか歩行者信号は手前側にしかなく、それが青になっても車が突っ込んできて危ない。散々体験したことだが、異国の交通事情は謎だらけだ。幾多の困難の中で救われたのが、地下鉄駅から地上に出る際、地元の20代くらいの男性が、母の大きなスーツケースを運ぶのを手伝ってくれたことだ。この先、ウズベク人の親切心に何度も助けられることになる。

 

疲労と苛立ちが募る中、やっと国鉄タシケント駅に到着。またX線荷物検査を受けた(これは本来鉄道の客用なのだが)後、駅構内にホテルの入口を発見する。ホテルのスタッフさんはカタコトの英語で母と話していた。どうやら予約したサイトをキャンセルして、再申し込みしてくれれば安くなるという。ともかく部屋で休みたかったので、メンドーな手続きは後!部屋は3階だったが、ここも階段のみだった!

やっと重い荷物を下ろし、一息。Yandex Goの手続きを改めて行い、無事にクレジットカードを登録できた。空港から続いていた苛々もようやくおさまる。日が沈んだ後、駅前の屋台風のお店で食事。2万スム(240円位)のラム肉の串焼きをいただいた。地元民が愛用しているこのようなお店で食べるのが、やっぱり一番旅情を感じるというものだ。昨日は部屋でカップ麺だったからなぁ(まだ根に持っている)。

10/6(月)サマルカンド

今日はウズベキスタン観光のハイライト、古都サマルカンドの観光である。宿のある首都タシケントからサマルカンドまでは特急列車アフラシャブ号に乗る。チェコの章で書いたが、このチケットを取るのが大変だった。日本にいる時には、8:00タシケント発の便と、19:20サマルカンド発の便(しかもこちらは急行列車シャルク号で、1時間余計にかかる)しか取れず、すでにプレミアムチケット化していたのだ。恐らくは国内の人あるいは団体ツアーなどが優先的に抑えていたのかもしれない。その後もキャンセルが出ないか根気よくサイトをチェックしていたところ、プラハにいた10/1に、8:30タシケント発、18:49サマルカンド発のアフラシャブ号のチケットを、奇跡的にゲットできた。お陰で朝は余裕をもって出発でき、十分観光時間を確保しながら、夜はそこまで遅くならない時間に帰って来られることとなった。

 

ホテルを出るともう駅構内。ただ、日本のように電光掲示板に列車案内が出るようなことは無いので、チェコのホテルで印刷して貰っておいたチケットを駅員に見せる。確認の結果、既に停まっていた列車には8:00過ぎに乗れた。ちなみに電車の乗り口でもう一度チケットとパスポートの照合がある。私達の座席の周りには、おそらくロシア人の団体ツアー客が囲んでいた。このツアー客の一部がキャンセルしてくれたのだろうか?

列車は定刻通りに出発。ガタガタ揺れながらもかなりのスピードでタシケント市内、そして市外へと快走していく。ウズベキスタンの看板列車なのか、車内サービスも充実しており、乗客には軽食とお茶のサービス。更に定期的に車内販売もあった。中でもカップに入っただけのフルーツをたくさんお盆に乗せて売り歩くスタッフには驚いた。

列車はかの有名なシルダリヤ(アムダリヤと並ぶ大河)を渡り、ウズベキスタンを南下。次第に車窓は荒涼とした大地に代わっていった。昨日飛行機で上空から見たのは、このような光景だったと思う。乾燥地帯であるウズベキスタンでは、オアシスや川沿いに集落や畑、牧場などが広がっており、そこには背の高い樹も生えていたりするのだが、そうでない場所には乾燥に強そうな低木や草原。それもなければ文字通り黄土色の大地である。サマルカンドに着く3~40分前には、大きな丘陵地帯の下を通ったが、この丘には本当に1本の樹も生えていない。文字通りの岩山だった。

日本ではまずお目にかかれない光景

 タシケントを出発して2時間強。定刻でサマルカンドに到着。その間列車は、小さな駅に1回停車しただけだった。しかし目の前にそびえる駅舎には入れず、脇の門から敷地外へ出る。ここでまたまた「タクシー?」コールの洗礼を浴びつつ、さてどうやって観光地まで行くか。例によってバス乗り場が良く分からず、2路線だけ走っているというトラムも、駅近くに停車はしていたがいつ発車するか読めなかった。ここでYandex Goを初めて使用。日本語表示にできないだけで、使い方はほとんどUberと同じだった。

特急アフラシャブ号

私達を迎えに来てくれた運転手さんはフレンドリーな人で、「兄弟が日本で学んだことがある。日本人は礼儀正しい。」とほめてくれた。ご本人には娘が3人いて、溺愛している。日本のヤクザがハゲているのが好き(?)なのだそうだ。私も昨日ウズベキスタン人の青年に助けて貰ったことを話す。当然ながらティムールウルグ・ベク(ティムール帝国の君主たち)、更にスキタイ(紀元前に台頭した遊牧民)などの話題も出して盛り上がった。曰く「日本と違ってウズベキスタンには、HistoryとFoodしかない」とのこと。その真偽は別として、確かにHistoryとFoodにはこの後うならされることになる。途中ティムールが眠るグール・アミール廟…ではなく、隣のルホボド霊廟を車窓から撮影させてもらい、レギスタン広場に到着。ここで降ろしてもらう。

ルホボド霊廟

サマルカンド観光の目玉、レギスタン広場は想像以上に巨大で、またもや距離感がバグる。脇の入場口でチケットを購入(10万スム=1200円くらい)。ここでも日本人とわかると、「コンニチハ」などと気さくに話しかけてくれる。広場の三方を囲うのは3つのマドラサ(神学校)。その彫刻、タイル画の緻密さには驚かされる。中庭もあり、木陰に座れば涼しい。ただ惜しむらくは、かつてマドラサの学生達が学んでいたであろう各部屋が、お土産屋になってしまっていることだろうか。

偶像崇拝が禁じられている分、その文様に全身全霊を傾けたのかも

レギスタン広場を後にし、無料の資料館を見学。アラビア語で書かれたコーランなどを見る。最近作られたコーランの下部にはページ番号が振られていたが、エジプトで見たアラビア数字とこんな場所でご対面とは思わなかった。

↑ページの下には、346,345(ページ)と書かれています

昼ご飯はウズベキスタン伝統料理を出す食堂で食べた。私は念願のプロフ(ピラフ)を、母は肉とジャガイモの入ったスープを、お茶と一緒に注文。牛肉と黄色い謎の野菜が大量に乗ったプロフは、美味しかったが油分も多く、お茶がこれを中和してくれた。これら全部で7万スム(800円くらい)だった。

この先のお店で母は手刺繍の布をお土産に購入。前々から目を付けていたものらしく、お目当ての柄に近いものがあったことから、65万スム(7000円以上!)でも迷うことなく購入していた。日本ではもっと高いのだとか。そこからビビハニム・モスクなどを遠望しつつ、また休憩を挟みつつ、次の目的地シャーヒ・ズィンダ廟群まで歩いてしまった。

そういえば地図出すの忘れてました

このシャーヒ・ズィンダ廟群もまた、青タイルの建造物が美しい、サマルカンドの“顔”である。元々は殉教者の霊廟で、路地も狭いのだが、それが逆にこの遺跡に神秘性を持たせているようだ。ただ、結構な階段で、母も、同じくらいの年齢の西洋人女性も、息を切らしながら登っていた。逆に若者の中には、高い所から撮影を試みる者もいた。おい、そんなところ入って良いのか、と思わず言ってしまうような場所にも、何人かが構わず足を踏み入れていた。祟りがあっても知らんぞ~!

シャーヒ・ズィンダ廟群観光を終えて、一度トイレへ。ここは観光地料金なのか、5000スム(60円くらい)取られた。その後タクシーでバザールまで行くが、あいにく月曜日で休み… 幸い周囲のお店は開いていたので、そこで水とジュースを補充した。バザールからは歩いてトラム乗り場まで行く。しかし肝心のトラム乗り場が封鎖?されているし、運転している様子もない。先ほど駅には停まっていたのだが… 見込み無しと判断し、すぐ近くのバスターミナルで駅まで帰ることに。露天商の女性に、駅まで行くバスの番号を聞く。こちらはGoogle翻訳、あちらは電卓を使ってバスの番号を教えてくれた。

 

 やって来た該当番号のバスには、たしかに「Station●●」の文字が。しかし車内は満員。すると座っていた男性が、母に席を譲ってくれた。その後も子連れのお母さんに、当たり前のように座席を譲る少年も。やはりウズベキスタン人には、日本人も見習うべき心を持っているようである。ただ昨日の件もあり、私はGoogle Mapで注意深くルートを追っていた。そしてサマルカンド駅の手前で折り返したタイミングを見計らって下車。やっぱり駅の真ん前まで行ってはくれないバスだったようだ。

黄昏のサマルカンド駅

バス停から歩いてサマルカンド駅へ。出発までは残り2時間弱。ここまで余裕を持って観光できたのも久々である。駅中で時間を潰し、発車20分前に改札を抜ける。すでに多くのお客さん(スーツケースを持った西洋人が多かった)が、薄暗くなったホームにいた。無事に乗れるかなと気になってはいたが、特急は発車時刻より10分も早く入線。しかしここからが大変だった。降車客が出ていった後、各入口にスタンバイしていたスタッフに、ここからの乗客が一斉に押し寄せる。行きと同様、ここでチケットとパスポートの照合が行われるのだが、一列に並ぶ、というような事はなく、我先にパスポートを見せ、強引に車内へ入っていった。この辺はウズベキスタン鉄道も乗客も、日本の鉄道を見習って欲しい。

 

それでも時間内に全員が乗り込めたらしく、定刻に列車は出発。行きと同様、軽食とお茶のサービスや、フルーツの車内販売があった。今回は私達も車内販売を利用し、フルーツ盛り合わせをゲット。やはり疲れていたのか、体に染みた。私達の乗ったアフラシャブ号は暗闇の中、ノンストップで2時間15分を走り切り、これまた定刻にタシケント駅に到着。行きも帰りもダイヤは正確だった。タイもヨーロッパも遅延が当たり前だったのに、ウズベキスタン鉄道、恐るべし。とはいえタシケント駅でもお客は脇の門から出され、私達の泊まるホテルにはぐるっと回ってもう一度駅の入口で荷物検査を受けねばならなかった。とにもかくにも、母は今回のサマルカンド観光に大満足してくれたようで、私も苦労してチケットを購入した甲斐があった。

10/7(火)タシケント→仁川

 今日の朝はゆっくりである。昨日のサマルカンド観光でやはり少し体力を使ったのもあるが、今日のフライトがものすごく遅いからである。ただ、ホテルは12時チェックアウトということで、部屋は11:30過ぎに出て、荷物だけ預かってもらうこととなった。母はここでモバイルバッテリーとハンガーを置いていくらしい。結局モバイルバッテリーは一度も使わなかった。

今日は首都タシケントを歩く。まずタシケント駅から地下鉄に乗車。お目当てはプラットホームである。ウズベキスタン地下鉄のホームはどれも意匠を凝らしたデザインをしており、しかも一駅一駅が異なる内装なのだ。これがタシケントにおけるちょっとした観光名所となっており、ガイドブックにもいくつか掲載されていた。しかしこうした公的な場所は、以前は撮影禁止だったというから驚きである。

 地下鉄タシケント駅は、昨日サマルカンドまで行った国鉄タシケント駅とは地下通路で繋がっていた。当然と言えば当然である。しかも初日に私達が間違って出てきてしまった側とも同じ通路で繋がっていたらしく、わざわざ危ない目を見ながら地上の交差点を渡る必要はなかったようだ。ただこの地下通路がやけにガランとして薄暗く(最初は地下駐車場か何かと思った)、地元民について行かないと、ちょっぴり不安な造りをしていた。

 

タシケント駅を出発し、母が事前に調査していたアリシェール・ナヴォイ駅ユーヌス・ラジャヴィ駅アブドゥラ・コディリ駅に降り立ち撮影。確かにいずれも凝った意匠の内装である。しかも最後の駅以外はいずれも他路線への乗換駅なので都合が良かった。が、一部はやはり階段しかない。車椅子の人などは利用できないのだろうか…

アリシェール・ナヴォイ駅

ユーヌス・ラジャヴィ駅

アブドゥラ・コディリ駅

アブドゥラ・コディリの駅は、オロイ・バザールと隣接している。昨日サマルカンドのバザールが見られなかったことだし、せっかくなのでその様子を見に行く。駅から歩くこと数分。目に入ってくるのは、大量に、それでいて整然と並べられ、重ねられたフルーツ野菜。大きな容器に入った色とりどりの香辛料お茶だった。道行くお客さんに自慢の商品を勧めてくる。値段もかなり安かったが、市内ではこれでも高級品を扱う市場なのだそうである。ここでイチゴとバナナを購入。ついでに大衆食堂のようなお店でお昼もいただいた。今日も私はプロフとお茶。仮に次回ウズベキスタンにくることがあっても、このセットはきっと必ず注文するだろう。美味しかった。

バザールを出て10分ほど歩いて、ティムール博物館へ。と思ったらその北側にあるただの公園だった。豊かな緑に囲まれた場所に腰を下ろし、先ほどのフルーツを食べる。静かで心地よいこの公園に佇んでいると、ここが外国であることを忘れてしまう。そこからまた歩いて、今度こそティムール博物館へ。持ち金が不安だったので、入場することはなかったが、その大きさ、威圧感は、ハノイで見たホーチミン博物館によく似ていた。博物館近くには広場もあり、巨大なティムールの騎馬像が中心にそびえていた。

ティムール博物館

ティムール像 国の英雄だけあってかっこいい

この像を撮影し、帰路につく。この広場から地下鉄アミール・ティムール・ヒヨボニ駅までの通路が伸びていたのは幸い。そこからオイベック駅で乗り換え、タシケント駅、そしてホテルに戻って来た。時刻は15時前。私達の荷物も受け取るが、母の荷物の上にはしっかりハンガーが乗せられていた。掃除の人が忘れ物だと思って置いてくれたのか、持って帰れという事なのかは分からない。一方、私の方はというと、ドバイで買い直したベルトが外れなくなってしまい、泣く泣くハサミで切り放した。まあここまでよくスーツケースを守ってくれた、と思うことにしよう。

 

15時半、今度こそホテルを、そしてタシケント駅を出る。この旅最後のYandex Goで呼んだタクシーは小型で、私のスーツケースは入らなかったので、後部座席に一緒に座らせる。途中渋滞に巻き込まれながらも、16時前には空港に到着。とはいえチェックインは19:25。しかも空港内にはびっくりするくらいに暇つぶしできる場所が少なかった。長い3時間半を、小説を読んだり、漢字パズルを解いたり、空港内を散歩したりして潰す。タシケントの日が沈み、ようやくチェックインの時刻が来るが、現地スタッフは10分くらい遅れてカウンターに。アフラシャブ号のように、時刻に正確、とはいかなかった。

 

今回のフライト(タシケント→仁川)は、全行程で最長の6時間、そして唯一の夜行便である。そのためこの旅最後となるビジネスクラス。ウズベキスタン航空のラウンジも使えた。このラウンジがすごい。まず専用の荷物検査、出国審査、チェックインカウンターがあった。ひょっとしたら先ほどの場所に並ばなくても、ここでチェックインできたのかもしれない。その先にはガランとしていた外の空間とは打って変わって静かで豪華なラウンジ。上の階では食事もできた。おっと、ウズベキスタンで買ったSIMカードはこれでお役御免。自分のSIMに交換するが、今度はなぜかe-SIMが働かないことに焦る。

タシケント空港のラウンジ こういうお店をもっと増やしてほしい

 とはいえ搭乗時間になったので、専用通路でゲートまで。しかし私達の乗るB8ゲートという案内が無い。そこで清掃員さんに聞くと、ここではない、連れていってあげる、という。その言葉を信じて元来た道を戻り、清掃員さんがゲートに通じるドアを開けてくれる。と、別の職員が「違う、あっち!」と指さしてきたので、またさっきの道へ。清掃員さんの勘違いだったようで、私達の飛行機は違うゲートからバスで送迎してくれるものであった。その辺の案内が無いと分からないなあ…

 

なんやかんやで無事に搭乗。ビジネスクラスの席は快適だった。座席は広々、ボタンでかなりフラットにもなる。シルクロードの旅人をモチーフにした、ユニークな飛行機の安全案内ビデオを見せられ、果たして夜のタシケントを離陸。気になるのは近くの席で赤ちゃんがひたすら大声で泣いていること…


13カ国目~韓国~(工事中)

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